メディアの発達、戦後80年余
正月休みで海外へ家族旅行に行った息子から、孫たちの動画など映像を数多く私のスマホへ送って来ました。海の向こうから元気な姿を、いとも簡単に遅れるものだと、戦中 生まれの私としては、ただただ感心するばかりでした。
戦後、日本を占領したGHQは、紙芝居が『予想もしなかった人気メディア(情報の媒体)』に驚き、戦前からの国策・軍国紙芝居や、戦後の自由を得た活動家が左翼思想の浸透に紙芝居を使うとして神経をとがらせ、検閲を強化して、公表禁止や一部削除の処分を受けた作品もあったと言います。
紙芝居は、自転車に乗ったおじさんが町内まで来て、私たちを集めるため、ホイッスルと自転車の荷台に取り着けた太鼓をたたいて町中を回り、見物料金は5円でイモアメ(練りアメ)と、ウエハース(洋菓子のひとつで格子模様の入った短冊形で、薄くパリ・パリとした食感の焼き菓子)を出して、「黄金バット・シリーズ」で私たちを楽しませてくれました。
紙芝居のおじさんは、独特の口調で、時には激しく太鼓をたたきながら語る物語は、現代のテレビを見る感覚とは異なり、なにせライブ(生で演ずる興業)なのですから迫力があります。後に知ったのですが、娯楽の少ない終戦後の時代、紙芝居が戦前・戦中の影響力にGHQが驚いたことは理解できます。
その後、「紙芝居」は、新聞、映画、テレビジョン、スマートホンなど、映像の世界が発達し、伝えようとする内容も大きく変わりました。ところが電波を通じて伝わる世界と、実演(ライブ)とでは、明らかに差を感じます。
紙芝居は、伝わりやすい高い手法で、絵(視覚)・セリフ(聴覚)感情(コミニケーション)の全てを使って伝達するわけで、メディアとして大切に残したいものです。
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