世の中「知らぬが仏」で良いか 悪いか 悩んだことも
私の父は、亡くなる半年前にお医者さんが母と私に「末期の腫瘍がある」と知らされていました。今のように治る見込みも治療方法もない時代、お医者さんのすすめもあって、父には知らせないで「この世を去っていった方が良い」と思っていました。
母と私は一切語らず、つらい半年間を過ごした記憶があります。本人に知らせないということを、罪悪のようにも感じ、「人権を無視すること」ではと悩んだことも・・・。しかし、父はうすうす気付いていたかもしれません。
父のためになるならば「口をつぐんでしまうことが良い」と考えていたのです。父も、余分なことを知ろうとしたばかりに、母と私に負担を掛けたくないと思っていたのかもしれません 世の中、知ろうとしたばかりに、後で知らない方が良かったと思っても後のまつり、どうにもならなくなってしまうことだってあります。
事実を知らないがゆえに「仏のように心を乱さず家族に囲まれて去っていった」と、私は思いたかったのです。ついに父へ話すことはなく、知っていたかどうかも分かりませんでした。
本人以外は周知の事実であっても、時期がくるまで本人に知らせないでおくとか、秘密を守り通す方が、結果として世の中を乱さず、平和な状況を保つことさえあります。
しかし、世の中の不正については、真実をかくすということは、「知らぬが仏」では許されません、マスコミや衆人の前にさらけだす必要があり、まして協力することなど、とんでもないことです。
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