定年後の人生に花咲かせよう

明日を生きるために きょう1日を大切にする 青春を忘れない 

心に響く復興・復活の歌を思い出す

shigako

 「歌は世につれ、世は歌につれ」といいますが、歌によって励まされ、復興・復活を支えてくれる気がするのです。 歌「花は咲く」は、東日本大震災の被災地および被災した人々への物心両面の復興を応援するためにNHKが制作したチャリティーソングでした。

 

 少し前のことですが、フィギアー・スケート・チャンピオン、荒川静香選手、羽生結弦選手が、この曲に乗って滑る姿が目に浮かび、東日本大震災の被災地および被災した人々の映像が思い出されます。

 

 最近では、戦争体験のある人が少なくなり、当時の映像や言葉を次世代へ伝えようとする報道が目に付きます。12月8日太平洋戦争開戦の日、中日新聞では「2025年・戦後80年 昭和100年 従軍看護婦(現・看護師)が見た戦争・ビルマ(現・ミヤンマー)の記憶」が掲載されていました。

 

 私は豊橋市で生まれましたが、父は豊橋空襲で焼け野が原になった生まれ故郷の地へ、私を連れて行くことはありませんでした。思い出すのも嫌だったのでしょう。生まれた地へ行ったのは、私が40歳半ばを過ぎてからでした。そこは区画整理され舗装した道路のど真ん中だったと思います。

 

 戦前、父の商売が順調に推移し、岡崎で一人暮らしをしている祖母を豊橋へ呼び寄せ暮らしていたのですが、豊橋空襲はその生活を一変させました。その後親戚を転々と渡り歩き、祖母や母の実家 岡崎の地へ家を建てて住んだのでした。

 

 戦後復興が叫ばれるそのころの流行歌、美空ひばりの「悲しき口笛」「東京キッド」「波止場だよ お父っあん」で、私も好きな歌でした。そして父が亡くなるころの流行歌「港町十三番地」は長い旅路の果ての思いで深い歌となりました。